Hamish Fulton “Wild Life” with an Aeolus CD

omay_yad2005-09-22

■ハミッシュ・フルトンは歩く芸術家である。彼はひとりで自然の中を何日も歩くこと自体を作品行為と捉え、出会った光景をカメラに収め、テキストを付加してプリントにした作品や展示会場の壁面に大きなレタリングで簡潔な文言を書く作品で知られている。例えば、「満月に向かって7つ数えながら歩く」というテキストは実際に彼が実践した行為である。同郷、イギリス出身のリチャード・ロングも同じ発想で作品を作っているが、ロングの場合、大きな岩盤などを出会った場所から空輸して美術館内にインスタレーションを制作するが、フルトンはそのような作為による自然物の移動は行わない。自然に対峙し主観を廃したその行為は時に芭蕉の俳句を思わせる。彼はこれまで音を使った作品を手がけていなかったが、このペイパーバック装丁の作品集(200ページ強)には3インチCDが付いている。その内容はスタジオ録音されたナレーターによるテキストの朗読である。これは「Seven days and seven nights camping in a wood,Cairngorm,Scotland March 1985」という12分半の作品で、この本の冒頭の16ページ分のテキストと同一内容である。
sound of the storm-no birds singing-dawn-birds singing-no birds singing-sound of the stream-fallen trees across the stream-white rocks-grey dry riverbed rocks-….
シンプルな記述おそらく道中で出会った出来事を記したものであろう。いつもの彼の簡潔なテキストと比べるとかなり長い文章だが、こうすると彼が歩いた7日間の時系列が意識される。テキストはただ単に読み上げられるだけで音響的な作為は一切ない。ならば文字だけで充分ではないだろうか。否。文章では同時に他の文字も目に入ってしまうが、朗読の場合は先の言葉は記憶によって残るだけで、その後の言葉はわからない。聞いていくうちに少しずつ忘れられていく。彼がテキスト朗読の作品に置き換えたのは、作品の享受が彼自身の芸術行為-歩くこと、そして事物と出会うこと-と似た体験をすることになるからだろう。声によって、テキストは一歩一歩、足跡に変わっていくのだ。
Pocketbooks pb06■