John Hudak ”Tall Grasses”

omay_yad2005-09-24

■90年代初頭のjohn Hudakの音楽は所謂インダストリアルな響きのものも比較的多く、多くはカセット・テープで地下レーベルから簡素なコピー仕様でリリースされていた。彼の小さな音の出来事に向ける視点は独特である。「ケトル」という作品では、やかんのホイッスルの音、その片面の「モス」は蛾の飛ぶ音。これらのループが各々延々30分続く。あるいは体育館で子供が走り回る際に生じるバスケット・シューズが擦れる、キュッキュッという音や、虫の鳴き声をそのままリアルタイムで録音したものを一種のミニマルな音楽として提示していた。このカセット作品は、草叢にマイクを置き、風で草葉が揺れその葉の縁が何かに擦れるような音である。1994年9月の録音、カタコトと乾いた静かな音が収録されている。そこには僅かな加工が施されている。
side A:Normal speed recording from two adjasent microphones
(2つの接近したマイクロフォンによる通常速度の録音)
side B:Adjusted speed recording with reverberation
(速度を調整した録音に残響を加える) 
side Aが基準である。しかし収録という行為に於いてマイクの位置の選定が行われている。side Bは恐らく録音時にテープレコーダの回転を速めて行ったようである。音は少し速度が遅く聞こえる。そこにほんの微かなゲートエコーのようなものが低域に加えられている。しかしこの差は実に僅かな変化で、意識しないと気づかない。現実の小さな出来事にごく僅かに手を加えること。それはミニマルというよりミニマムというべきだろう。小さな出来事を取り上げ、それに微かな手作業を投じて提出する。この作品はフィールド・レコーディングとして捉えるより、そのミニマムな加工の作法に注意を向けて聴くべきであろう。作者の行ったその手作業による異化に思いを巡らせて聴いた方が豊かな体験が得られる。Hudakはこの微かな手作業の具合をカセットリリースで追求してきた。これは磁性体という不安定な物質の介在によって聞こえる音楽に適している。
Aparaxia apxc16344■