Colette Roper ”Piano Pieces”

omay_yad2005-09-25

■このコレット・ロパーというイギリスの女性音楽家に関しては全く情報がない。リリース元はドイツの画家ディーター・ロスのDiter Roth's Verlag。300枚限定で世に出たものである。反復を多用したつたないタッチの、恐らく自作自演によるピアノは、叙情的なミニマル・ミュージックドビュッシーの「子供の情景」を混ぜたような響きである。録音はカセットテープのような音質、何故そういう状態で発表されているのだろうか。片面とも2曲ずつ収録されている。ディーター・ロスは日本で知名度は低いものの、現代版画界では巨匠である。彼は一時期、特に印刷物に興味を示し夥しい自主制作本をリリースしていた。その中にレコード部門もあり、車のなかで喋っているものや、家族で作った出鱈目な音楽などをリリースした。ジャケット裏面には白いブラウスを着た本人と思しき30代くらいの女性が野の草花の束を手渡されているモノクロ写真が載っている。うつむき加減の表情から何か病弱そうな印象を受ける。各曲に宛てられた詩も掲載されている。蝶々、幸せを求める旅、短命の虫、秋のひと時…どれも束の間のはかないひと時や生命を詠ったものだ。彼女の情報はインターネット上にも一切無い。情報の欠落は想像力で補われるが、この叙情的な調べは、想像不可能な、ある個人の特別な瞬間というものに向かっていく。ある人生のひとコマ。時間と場所と体験が心理的フィルターを通して渾然一体となった記憶。誰にでもあるが、当人自身の内にしか存在しない時空間。ここにある欠落から、充たされたものが欠落した空洞を眺めるような印象が起こる。これがもしハイファイに録音され、バイオグラフィーが付加されたらごく普通に「知られざるミニマル音楽家」となってしまっただろう。そして私たちはそれ以上彼女に気に留めなかっただろう。
Dieter Roth's Verlag JST 237 (c) Colette Roper,England 1979■