安東ウメ子・ムックリの世界

omay_yad2005-10-03

■このCDは素晴らしい。安東ウメ子というアイヌ演奏家ムックリ(口琴)とウポポ(座り歌)の録音である。これは北海道幕別町教育委員会が制作したものでレコード業社の出版物ではない。しかし予想に反して録音は良好で音楽とそれを取り巻く環境がストレートに表現されている。彼女の境遇についての詳細は省略するが、20歳で結婚してからもアイヌ語を話せる環境で生活していためか、初めて聴く人間にまでその文化の深さが伝わってくる。ムックリは竹製で、弁をひもで弾くので拍子になるような低い音が出るのが特徴だ。このCDは適度なマイクの距離によりその低音部や喉の奥に響く音、舌や口腔を動かすために僅かに漏れる呼気が非常に生々しく、味わい深く録音されており聴き手の集中を誘う。また特記すべきことは、収録のためにふさわしい場所-山頂や川辺や先祖が使っていた薬草などの生息環境を再現した植物園-で行われていることである。いくつかのテイクでは自然音が背景に聞こえる。演奏会を行ったホールなどの屋内での録音の方の割合として多いが、60歳の演奏家の健康を気遣いながら、屋外に連れ出して収録を行った企画の素晴らしさは、紹介せずにはいられない。それらは紛れもなく、土地の神々に感謝を籠めた演奏になっているのだ。ウポポはアイヌの歌で短いシラブルを繰り返すもので、北欧の少数民族サーミ(ラップ人)のヨイクに酷似している。メロディー・ラインは紛れもなく東洋のものであるが音声だけで具体的な事象を説明する点では同じである。ヨイクの場合は人唱歌(ある人物の特徴を表現したもの)が多いが、ここで聴かれるウポポは生活の状況が描かれている。どちらもその民族にしか伝わらない内容で、外部の人間には理解できない。これは私たちには理解しがたいコミュニケーションのカタチである。
余談だが市場には民族音楽のレコードで担当者が仕事のひとつとして作ったとしか思えないものが多い。スタジオでの録音は演奏者を緊張させるのだろうか。否。民族音楽は一個人を超えて存在するものだ。緊張すべきは録音スタッフであろう。面白くない理由はスタッフが音楽の外側に拡がる大きな世界を感じられないからだろう。民族音楽研究の第一人者の小泉文夫は研究に愛情を注ぎライフワークとしてたくさんの現地録音を残した。これはご存知の通り素晴らしい内容を誇っている。フランスのOCORAなど優秀な録音をリリースするレーベルは、スタジオやホールで録音しても素晴らしいものが出来上がる。製作スタッフの真剣さと何より愛情の差だろう。今は世界中のどこでも簡単に珍しい音楽が入手できるが、中途半端に接していると罰が当たるかもしれない。
1994.3 制作・北海道幕別町教育委員会 監修・助川勝義 録音・渕根章■