ヴィシネグラツキー ”四分音システムピアノのための作品集”

omay_yad2005-10-06

■1オクターブは12の音に分割されている。1分間が60に分割されているように、恣意的にオクターブを細分化することは可能だ。ピアノの場合、演奏の不便さを考慮しなければ鍵盤をいくらでも増やすことはできる。ロシアの作曲家ヴィシネグラツキー(1893〜1979)は微分音によるピアノ曲に執着し続けた。彼は1オクターブを24分割した世界の中でハーモニーを追求した。これは既成の音楽へのアンチテーゼではなく、新しい秩序を生み出そうとした純粋な試みであった。西洋音楽において微分音の歴史は意外と古く、1908年、ロシア・アヴァンギャルド運動の頃まで遡ることができる。1923年には「ペトログラード四分音音楽協会」がリムスキー・コルサコフの甥のゲオルギィによって組織された。所謂「現代音楽」の歴史を考えると非常に進歩的であったといえる。この四分音を聴くと、まるでピアノが溶けてしまったかのような音階に最初戸惑うが、落ち着いて聞くとある種の叙情性すら聞き取れる非常に質の高い音楽である。むしろ古典的な美学を有しており無調性音楽の殺伐とした世界とは異なる世界である。所謂、不協和音も聞き進んでいくと独特のハーモニーとして聞き手に獲得されていく。これらの曲の独奏にはCDジャケットにあるような四分音システムピアノを作らなくてはならない。ピアノの2台を用意して、片方を四分音に調律して演奏している。本来の独奏曲を2つに分割して演奏することになり、計らずも演奏者は2分の1の存在とされる。このCDでの演奏は藤井一興とアンリエット・ピュイグ‐ロジェの2人による独奏である。
微分音の音楽と言えば今日、ひとつの手法と見做されるが限りなくそれを徹底していったら音楽の姿はどうなるだろうか。1オクターブを何百、何千と分割することは理屈上可能だ。もしそのような超微分曲が存在したとしよう。その曲の為には楽器も製作されなければならない。それはとても演奏できないだろう。その楽器と楽譜自体が「音楽」として成立するかもしれない。演奏不在の音楽として。
Ivan Wyschnegradsky “24 Preludes Integrations”
Fontec Records FOCD3216■