m/s “perturbation field and the equilibrium”

omay_yad2005-11-15

これはコンセプチャルなマルチプルCDである。いや、コンセプチャルというより理論的な作品と捉えた方が正しいかもしれない。十字型をした塩化ビニールのような特殊紙のパッケージ。その中にはOHPシートに印刷された解説が2枚入っている。そこには作品に関連する詳細な文章が付加されているが、これを理解するには少なくともある程度の専門用語に対する知識が必要となる。

もう1枚の解説には作品の録音状況が図で示されている。
蛍光灯を3本並べた間の2つの隙間に自作のコイルを各々設置。一本だけ切れかかってフリッカー明滅している蛍光灯がある。発光する3本の蛍光灯を2本のコイルによって検出した電磁波を直接録音されている。古い照明器具に耳を近づけると聞くことができるジーという耳障りな音と同時に切れかかった蛍光灯から発せられるグリッジが74分間延々と収められている。
特殊紙の裏側には簡素なテキストが書かれている。

astatic 無定位の(    ) ←→ monotonous単調な(    )
irregularity「不規則」
homogeneity「均質」
every-thing arises from perturbation filelds「すべてのものは摂動場から生じる」

「不規則」と「均質」はその上の括弧の中いずれに入っても意味が成り立つということだろう。

「摂動」という言葉は天文学や力学で使用される専門用語で「主要な力の作用による運動が副次的な力の影響で乱されること」だそうだ。これは作者が量子力学に関心を持っているところから来たものだろう。

難解な文章にはこうある。
「ある現象に対する認識とその現象を現出させる『場』は、独立性と干渉性という互いに相反する概念によって支えられていると言える。この2つの概念を結ぶために、私達は常に現象を捉え直していく必要がある。」

空に球形が連続したような形の雲が浮かんでいたとする。それを見る者が「ぽこぽこした雲だ」とそれを呼ぶとする。その「ぽこぽこ」は上空の気流のコンディションによってできた形であり、その「ぽこぽこ」に連続している特に目立たない雲の部分も存在する。人は何かを見るとき単純な特徴だけを捉えがちである。雲の形の形成されるメカニズムを思い描いてその雲全体の形を見たとすると「ぽこぽこ」がそれだけで成り立っているわけではなく、複雑な関係によってできあがったことが想像されるだろう。「ぽこぽこ」はあくまでも特徴を抜き出した認識である。「ぽこぽこ」が表れるメカニズムからその特徴を見直すと単純に「ぽこぽこ」だけで表現しきれないことに気づくだろう。またそこには雲の形から「ぽこぽこ」と呼べる形を抜き出した人の意識のあり方もその雲を観察する際に関わっているだろう。
上の文章はこのような意味であろう。
その後文章は認識の時間的変化にも触れている。体験による認識の時間的変化についても示唆している。

この作品の真意を音だけで理解できる者はいないだろう。3本の蛍光灯の電磁波の干渉の様子を聞き分けることは不可能だ。テーマは物事の認識についての根本的な事柄だが、多くの人と共有することに対してリスクを背負いながらも敢えて専門的な分野の問題に引き込み、できる限りの矛盾を避けた態度である。批判が起こるかもしれないが、果敢な実験精神によって産み落とされた作品として評価すべきだろう。
(無番号)300枚限定 1995