Franca Sacchi “Essere”

omay_yad2005-11-26

フランカ・サッキは70年代にイタリアで女性の実験音楽作家として活動を始めた。
その後ヨガに出会いインストラクターとしても活動していたようだ。
その70年代はこのLP以外、彼女にはもう一枚のLPとカセットのリリースがあった。
これまで何の情報もなくひたすら謎めいていたアーティストだったが、最近彼女が70年代に制作した電子音楽のLP「En」が限定発売されたことで、その素顔や活動の様子がわかってきた。
このほとんど黒に近い紺色をしたLPにはイタリア語で「存在」を意味する言葉しかなく、如何様にも解釈され得る音楽である。
A面は頼りない笛の演奏、しかしどことなく情緒のあるメロディー。B面はピアノの蓋を開けて弦を叩いたり引っ掻いたりして発音させたトーンクラスターによる演奏から徐々に単音のリリカルな響きになる。
どちらも淡々とした演奏である。混沌としてはいない。笛の方は、民族楽器のような印象だが発掘された画像によると、どうやらごく普通のソプラノリコーダーのようである。等身大の自然な息遣いが感じられる。ピアノの演奏も「弾く」というよりは手の感触が音になるような印象である。このレコードもある画廊からの出版物で流通経路は音楽業界とは異なっている。むしろ彼女の演奏は画家のドローイングのようなものに近い。

このレコードを表記する場合、ジャンルとしては「即興演奏」ということになるが、その言葉のイメージで聞くとその繊細さを見失うかもしれない。楽譜無しの楽器演奏を「即興演奏」と称することは文字通り間違いない。しかしその言葉にはどうしても所謂フリージャズから伝わるニュアンスが纏わりついている。
音楽は形式に分けて便宜上名称が付けられているが、それはあくまでも他の形式との差別化に過ぎない。しかし実験音楽に関しては情報自体が乏しいため、逆に音楽の便宜上の名称が持っている力が強い。程度の差はあれ、認知された名称で呼ばれるとその言葉の持つコンテキストが発生してしまう。サッキの場合、「即興演奏」という言葉に付随するイメージを捨て去る必要があるだろう。しかしそれには苦労はいらない。彼女の音にじっくりと聞き入っていけば自然とコンテキストが消滅するのが分かるだろう。
何の情報もないレコードからは彼女の呼吸が聞こえてくるようだ。繰り返し聞くたびにその人物に会っているような印象すら受ける。その意味でとても自然な音楽である。

F.S. 002
Gennaio 1975
Edizioni Musicala-Via Mmeli,3-Milano
(Limited edition of 300 copies)